安全地帯と玉置浩二に関する徒然日記

安全地帯、玉置浩二とどのように関わってきたかを時系列に書いていきます。同時期に聴いていた音楽も紹介していきたいと思っています。

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1988年『MIASS CONCERT 安全地帯VI』と活動休止宣言

1988年4月28日から、札幌を皮切りに、7月7日の日本武道館までMIASS CONCERT 安全地帯VIが敢行された。
大学受験勉強と「安全地帯V」LIVEで満足していたこと、安全地帯Ⅵのアルバムが当時あまり好きではなかったことから、このコンサートには行かなかった。しかし、2005年に発売されたこのライブの完全収録CDを聴けば「行けばよかった」という後悔が襲ってくる。玉置さんの歌い方が少し雑になってはきているが、声の伸びは素晴らしい。
We're alive
どーだい
こしゃくなTEL.
恋の予感
プルシアンブルーの肖像
好きさ
Friend
海と少年
パレードがやってくる
エクスタシー
碧い瞳のエリス
青空

星空におちた涙
月に濡れたふたり
悲しきコヨーテ
No Problem
熱視線
夢になれ
じれったい
今夜はYES
Too Late Too Late
ワインレッドの心
真夜中すぎの恋
I LOVE YOUからはじめよう
悲しみにさよなら
ほゝえみ
あなたに

そして、7月、1回目の活動休止宣言。よくよく考えるとたった4年しか活動していないが、突っ走っている感がある。
以前に書いたが、この頃洋楽に傾倒していたため、少し安全地帯熱が冷めていた時期だった。
1988年10月、実力テストを途中で切り上げて、Sting の「Nothing Like The Sun World Tour」を観に甲子園球場に行き、洋楽の演奏のすごさに圧倒された。ブランフォードマルサリスのサックス、ミノシネルのパーカッション、ケニーカークランドのピアノ。
ちょうど良い時期の安全地帯の活動休止だったと思う。
後述になったが、前年に出た玉置さんのソロアルバム「All I Do」はレンタルしただけで購入はしていない。
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